記念すべき第一回目のゲストは、
KEMURI PRODUCTIONSのメンバーでもある
DJ HIDEを迎えて堂々スタート!!

 

【DJ HIDE】〈流〉、〈KEMURI PRODUCTIONS〉と日本屈指のDJ集団のメンバーであり、〈JAG〉にも オリジナル・メンバーとして参加。ソロでは〈YOU THE ROCK ★〉〈RINO〉、韓国の 新鋭ラッパー〈JOOSUC〉、〈MISTA SINISTA〉等にトラックを提供。2000年10月3日 にDJ KABUKI主宰のドイツのレーベル〈Spectrum Works〉からリリースしたソロ・デビュー12インチが、注目を集めている。
 
連載第1回目


YAS(以下Y)
記念すべき一回目の登場は、DJをやる前からの友人でもある地元(保谷)出身のDJ HIDEだ。

HIDE(以下H) 新事務所おめでとうございます。

Y:わお!ありがとう。ケムリプロダクションとしてようやく拠点が持てたから、なんか始めたいなあと思っててさあ、HP立ち上げた時から構想だけはしてたんだよね。友達の輪!みたいなのを。

H:なるほど。YAS君お得意のその場のアイデアではないと。

Y:そうそう。

Y:でさあ、あらためて話すんだけど知り合ったのはいつ頃だっけ?サッカーからだったっけ?

H:そこは知らない。となりの小学校だったし。

Y:いや、俺憶えてるよ。小学校のサッカーの試合でHIDEが居たのをさあ。

H:中学校からじゃあなかったかなあ。

Y:結構思い起こすと曖昧なんだなあ。(笑)まあ当時は音楽の“お”の字も俺達の中にはなかったもんな。

Y:音楽というか、DJに目覚めたのは高校生になってからで、兄の部屋にあったDJセットを前にした時の衝動ったらさあ、いまでも忘れられないよ。その後にDJセット買っちゃったし。あの時テクニクスSL1200MK2の最終生産の時だったんだよね。よく解らなかったけどワクワクしてたもんなあ。

H:っていうか、YAS君の家がよくわからなかった(笑)。隣の部屋からガンガンHOUSE MUSICが流れてて、YAS君の部屋からHIP HOPがガンガンかかってて全然聞き取れないっていう…。

Y:そんな時もあったあった!そんな状況になって以来、警察が2〜3回きたもん。近所からの通報でさあ。それまでそれなりに御近所付き合いっていうのはしてたんだけど、あの時期はまわりの目が冷たく感じたのを憶えてるよ。今思えば、申し訳ありません!!って反省しております。

H:ハハハッ。当時聞いたかもその話。俺はYAS君がビースティーのレコードで二枚使いして練習してたのを憶えてる。

Y:あ!「ヘイ レイディー♪」ってとこでね。あれ今でも時々使ってるからね。

第2回につづく・・・
 
連載第2回目

Y
:あの時よく遊んでたのは、俺とHIDEと現ケムリプロダクションの専属デザイナーのSENNGO9(以下S)彼が当時ラッパーで俺とグループ組んでさあ。名前はALIIGATORという名でチェックユアマイクに出たんだよね。

H:あれって出来レースだったんでしょ?

S:俺も後からそう聞いてた。

Y:うん。俺も!でも俺達も出場できただけでいっぱいいっぱいだったし、優勝はまずあにゃにゃにゃ〜い。で、あの時に刃頭とTWIGYのグループ「BEAT KICKS」に初めて出会ったんだよね。

S:当時から惹かれてたね。二人にはさあ。

Y:タメ年っていうとこも仲良くなるきっかけだったしね。あの時BEAT KICKSが優勝してもおかしくないとマジ思ったもんね。

S:思った思った。

Y:その時前後に、KRUSH POSSEの弟子兼付き人もやってたSENNGO9と俺なんだけど、チェックユアマイクの半年後くらいで活動休止して、俺は当時KRUSHさんが廻していた六本木DROOPY DRAWERSという店の見習いを始める事にしたんだよね。それからというもの、ほぼ毎日出勤してた俺は、KRUSHさんのスケジュールに合わせられない日が何回かあったもんだから、良い機会だと思いHIDEを紹介したんだよね。これが結構相性良くてさあ、正直悔しくも思ったけど、良いもんは良いんだから仕様がないもんね。なんてったって本名も一字違いなんだからさあ。(笑)

H:それ関係ないでしょっ!(笑)

Y:とにかくそれからというもの、HIDEの家で度々KRUSHさんは制作するようになり、HIDEはそれを誰よりも側で観れて自身の世界観もどんどん広がってったもんね。

Y:94年に半年間、俺はHIDEの家に部屋を間借りさせてもらって、共同生活はじまったんだよね。

H:電気をお互い使うから、制作最中にヒューズ飛んで散々な思いもして…。

Y:いやあ、あの時は本当に申し訳ない。俺もそうだったけど、集中して構築してた作業がセーブしてないと…涙もんだったもんな。ランプアイのデビュー曲はあの部屋から生まれたというのは、あまり知られてない事実で、ケムリプロダクションの構想もあの家でできたんだから俺には濃ゆい半年間だったなあ。あの節は、お世話になりました。
第3回につづく・・・
 
連載第3回目

Y
:俺はHIDEをKEMURI PRODUCTIONSのメンバーとしてもみてるんだけど、自身名義のアルバムがいよいよじゃん?どんな感じ?

H:3月には仕上がります。

Y:俺は2曲程聴かせてもらったけど、相変わらずドープなビードだよね。他はどうなの?

H:もう解散しちゃったんだけど、ラバールームというグループがあって、最近はオーパズなんかと一緒にやってるルンバというラッパーと一曲レコーディングしに2月中旬にニューヨークに行ってきます。

Y:あっ、この前KRUSHさんのリリースパーティーの時来てたよね?

H:そう。その来日時に結構話しする機会があって、なんか意気投合しちゃって。ラップももちろん好きなんだけど、人間的に一緒にやりたいなあと思ったんですよ。それで、今回実現したという流れです。

Y:良い過程だなあ。俺もそういうの好き。

H:そういえば、YAS君は昨年ヨーロッパに行って来たんですよね?どうでした?

Y:そう。三週間の日程で、ジュネーブ、アムステルダム、ベルリン、プラハの4都市に行って来たんだ。詳細話したいんだけど、スンゲー長くなるから違う機会に。HIDEも何度か海外でプレイしたことあるじゃん。日本との違いってどう?

H:ん〜、その国の人間性とかあるじゃあないですかあ。文化の違いももちろんあって、反応する曲が違うなあっていう。

Y:それはね、俺も感じたよ。当然っていえば当然なんだけど。俺もヨーロッパといっても沢山ある中の4カ所だけだし、まあ遊びに行ったクラブも2〜3カ所あったかなあ。けどせいぜいその位しか体験してないけど、東京のシーンの方が大きいかなあという実感かな。しかし、そんなことないかもね。飛ばされてぇ〜。

H:あと日本の方がレコードあると思う。俺結構前にレコード盗まれちゃって買い直しにレコ屋何件か掘ったんだけどちょい実感した。当然買い集められなかったし。

Y:ひでえ話だな。なんか、KRUSHさんも航空会社のトラブルでレコードバックが行方不明になったそうで、2カ所プレイする予定をキャンセルしたって聞いたけど、多いのかなあ、そういうの。

H:海外でのそういうトラブルは少なくないそうですよ。
第4回につづく・・・
 
連載第4回目


Y
:ここ何年かで凄く増えてきたロービートのインストルメンタル曲をHIDEからみてHIP HOPのインストってどうみてる?

H:インストのHIP HOPレコードって昔からあるけど、RAPの入ってないHIP HOPも認知されたし、そこでそういう話を出来る人が増えたのが嬉しい。

Y:歴史を掘り起こせばHIP HOPレコード云々じゃあなく、'60~'80に多くのSOULやFUNKのレコードに入ってるブレイク部分を二枚使いして延々ループさせる技術自体がHIP HOPの創世記にしっかりあるし、まあそのブレイクをループさせた発展系が今日の我々ビートジャンキーを虜にしてるのは、間違いないもんね。そういう歴史背景もあっての、90年代に入って、DJ KRUSHさんやDJ SHADOWの作品でいっきに認知されたよなあ。今じゃあ、HIP HOPという枠から飛び出たような作品もよく見受けられるし、作ってる側にもHIP HOPって意識してない人もいて、それがクロスオーバーしてる今日この頃。

H:RAPが入ってる曲が好きなのは前からだけど、インスト物が好きなのは確かかなあ。RAP入りのメインバージョンを楽しみつつ、そのインストも良いじゃん!っていう聞き方もしてる。

Y:するね。かっこいいと思う曲は、インストあれば必ず聴くね。楽しむのと研究してんだろうね、ん〜今自分を初めて分析できたなあ。

H:今のクラブとかではあまり見られないけど、DROOPY DRAWERSとか当時のクラブ、ディスコってお店がレコード揃えててそれでお店のカラー出してましたよね。なので、当時は営業中というより営業後に好きな音を大音量で聴ける時間が楽しかった。

Y:まあ、営業後とかは今でもそうだろうけど、DROOPY は平気でお昼過ぎまで、それが出来たのが良かったね。おかげで、店に連泊してばっかという時期もあったなあ。

H:今はDJがレコードだけじゃあなくミキサーとか機材持ち込むのも珍しくないし。

Y:そうだよ。まあ当時からレコード持ち込みは当然だったけど、中には、ちょっとだけ持って来て店のレコード使うっていうDJもいたなあ。

S:だいぶ話変わるんだけどさぁ、好きな事を仕事にしちゃうと逆に嫌いになったりするって言うじゃん? 2人はDJを辞めようと思った事ってある?

H:辞めようとかは無いけどお金を稼ぐ手段としてはどうかなあ?と考えた事はある。しがらみとかで嫌な思いした時は、へこむけどやっぱり好きだから。今でもDJやる前日まで「何かけようかなあ」とか思ってドキドキするし。

Y:DJが理由じゃあないけど普通にあったよ。俺も結局はDJ好きだから乗り越えてきてるけど、家族がいるといろんな事が現実目の当たりにするしね。最近は、そういう思いはしてないけど…そういうのが無くなった訳じゃあないけど慣れた。(笑)

次回最終回につづく・・・
 
連載最終回


H
:ちょっと前に歌ものやってたんけど…

Y:アンジェリーナでしょ。この前渋谷駅前の大型スクリーンでPV流れてたよ。期待の新人。

H:そこ大きく書いといてください。(笑)HIP HOP ではそれ程重点を置いてないコードとか、歌ものをやるといろんな発見があって面白い。

Y:俺は、あまりないんだけど、そりゃあ面白いだろうなあ。うん!決めた。俺も作る!

H:それはいいんですけど、T.H.C.CREWの今後は?

Y:そうそう。俺達の地元には、他にも音楽活動してる仲間がいるんだよね。せっかくだから紹介しとこうか。そのT.H.C.CREWこと東京保谷中学校クルーのラッパーのCHOCK SLEEPER,やIGA、ソニーミュージックからデビューしてるKOINUというミックスチャーバンドでも活躍してるJANGEL、それと最近初ステージをふんだSATORU a.k.a.クラットル、昨年見事DEF JAM JAPANからデビューしたR&BシンガーのHI-Dそれと…

H:C-KONG!最近連絡くれないんですよ。

Y:いやあ、俺にもなんだけど、HIDEと同級生なんだから、なんとかして呼んでくれ。

H:俺もC-KONG(CHOCK SLEEPERの実兄)もIGAも小さい頃は同じ集合住宅に住んでた幼なじみなんだけど…。まあ今は触れないどこう。

Y:俺はSENGO9と保育園から一緒だね。

S:三歳から。

Y:なんか、この歳になっても話が出来るというか、同じ世界に身近な人間がいるのは嬉しいよな。

H: 後から知ったんだけどイーストエンドのGAKU MCも俺の先輩で…。

Y:あ!そうだ。HIDEは中学途中で同じ市内だけど引っ越したんだよな。

S:GAKU君はALLIGATORの頃PEACE BALL というイベントで知り合ったんだよね。

Y:そうそう。まだ、ROCK TEEと二人の頃ね。中学の頃は知らなかったし、PEACE BALLの頃に聞いてビックリ!それと、面識ないけど、これまた市内の違う中学のちょっと4〜5コ上だと思うんだけど、HOUSEのDJで世界的に活躍してるSATOSHI TOMIIEさんも同じ保谷出身。

H:で隣町にKRUSHさんで…。

Y:雷家族のD.O.もKRUSHさんと同じ大泉出身。それと、六本木エロスというDROOPY DRAWERSと同じ時期盛り上がってたクラブのオーナーだったDJの宇治田みのるさんは、これまた隣町の武蔵野市出身なんだよね。

S:まだまだ、居そう。

Y:知らないだけでいるでしょ。名前こそあげられないけど、若手のラッパーやDJやダンサーやシンガーやライター等、これ読んだら名乗り出てください。何もできないけど。

H:地元ネタ。(笑)

Y:では、そろそろ最後の締めとして、今後の豊富をお願いします。

H:今度アルバムを出すので是非聞いてください。

Y:はい。聞きます。皆さん買ってください。

※ PEACE BALL
80年代終わり頃に行われてたLIVE PARTY。GANGSTA DXの呼びかけで集まった参加者は、GANGSTA DX,DJ HONDA,DJ MASA,KRUSH POSSE(DJKRUSH,DJGO&MURO),HONEYBOMB,EASTEND,BOYKEN,ALLIGATOR
(DJ YAS&SENGO),BEAT KICKS(TWIGY&刃頭)etc.と今ではプロとして活躍してるアーティストが集まってた。だが、当時は集客も芳しくなく、出演者の方が多かった日もあった。

おわり
今回でDJ HIDEとの対談は終了です。いかがだったでしょうか?
次回はゲスト未定、更新日未定の完全なる未定です。なのでマメに当HPをチェックしてください。
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